DEEP-SEA KING



            Prologue
               〜始まりの悲劇〜

 村から少し離れたところ、木の茂みに一匹の兎が顔をだし
た。茶色い毛並み、長い耳をくるくると動かし、その人物が自分の下へやってくるのを確かめた。

「あ、ウサギさん。今日もお迎え有難うございます」
 銀色の髪の幼い少年は両手を広げて兎のほうへと駆け寄っ
た。

「紅夜、あまり走るところぶわよ」
 紅夜の後を歩いて付いて来る女の人は微笑みながらやさしく注意する。
「わかってますよ、姉さま。わわっ」
「ああ〜、だからいったでしょ」
「ううー」
 顔面から突っ込み、悲しみにゆがめた顔を地面から放した紅夜の頬を、兎は心配そうに目をくるくるさせながら覗き込ん
だ。

「大丈夫ですよ、ウサギさん。ありがとうございます」
 身体を起こし、服の袖で顔の泥を拭き取ると、紅夜はその小さい腕で兎を持ち上げた。
 紅夜は昔から動物に好かれるタイプだ。同じ年頃の子供が村

に居ないせいか、この森にきて動物と遊ぶのがいつのまにか紅夜の日課となっていた。
 
しかし、この世の中は妖王率いる妖怪が溢れている。そのため妖怪退治をやっている姉が同伴しているのだ。
「姉さま、もう少しあっちへ行ってみてもいいですか?」
「ええ、でも私の目の届く範囲にいてね」
「わかりました。行きましょう!ウサギさん」
 無邪気に駆けて行く弟の後ろ姿を見送りながら、微笑むと、樹里は木の影に腰をおろした。
「ちゃんと平和な日が、いつかくるといいのに。そしたら紅夜 も、他の村の子とかと遊べるのにな」
 横にある花を一つ摘み、唇に押し当てながら樹里はそう呟
く。両親が早く亡くなったため、母親同然に紅夜を育ててきた樹里には、動物以外の友達が紅夜に居ないのが心配だった。

「うわああっ」
「紅夜?」
 手で花を弄りながら考えていたその時だった。
 弟の叫び声に樹里の心臓が大きく鳴った。花を投げ捨て立ち上がると、すぐさま叫び声の方へ走って行く。やはり眼を放すべきではなかった。唇をかみ締めながら弟の姿を必至で探す。
「姉さまっ」
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